それまでにも、何枚かの写真は、印刷物の挿絵として、多くの人の目に触れましたが、1、2枚の雪の結晶写真を見るのと、3000枚という写真に注ぎ込まれたベントレーの精神や写真の中に描き出された自然の造詣の不思議さはまったく別物であったようで、この写真集が与えた衝撃と感動は、はかり知ることができません。
3000枚の雪の結晶のどれ一つとして同じものはなく、すべてが美しく六角形の花のように輝く結晶写真が当時の人々にどのような感動を与えたか、想像することもできません。
そののち、世界で始めて人工的に雪の結晶を作ることに成功し、雪の博士として、
長く雪の研究の第一人者となった中谷宇吉郎もこの写真集に魅せられたひとりでした。
中谷自身が著書の中で、この写真集が雪の研究に進む「きっかけ」だったと告白しています。
まったく無学のベントレーが数多くの科学者の研究心に刺激を与えたということは、とても愉快なことです。この写真集によりベントレーの功績はゆるぎないものとなりました。長い間、研究書や論文に引用された雪の結晶の写真のほとんどが、ベントレーの写真集からの引用や転載であったことも、この写真家の偉業を裏付けるものです。
このサイトには、ベントレーの写真集から許可を得て、掲載しているものが数多くあります。
ベントレーが雪の写真をとり続けたのは、科学的な研究のためではありませんでした。
彼自身が雪の結晶の美しさに魅せられ、自分の興味から写真を撮り続けたのです。
彼の写真の目的は、美しさを記録に残したいという思い、そして撮影した写真を販売することでした。
そのため、撮影した写真以外には雪の結晶の情報を何も残すことをしませんでした。
ベントレーの写真の限界は、ベントレーの限界ではなく、人間の本質的な限界でもあります。他の多くの人も、雪の結晶の写真を撮影したとして、おそらく同じことをやったに違いないと思われるのです。
汚い結晶、一見壊れたように見える結晶の写真は取らないで、おそらくきれいなものを記録に残したのではないだろうかと創造できます。フィルムが高額だった時代にはなおさらのこと。
どんなに欠点を指摘されようと、雪の研究をした人たちのすべてが美しさに感動して手にとって眺めたベントレーの写真集が彼の残した金字塔であること異論を唱える人はいないでしょう。